2012-05-24 (木) | 編集 |
孫子 兵法 大研究!
本文注釈:孫子 兵法 大研究!
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『用なるも之れに不用を視し、』:本文注釈
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各注釈者によって、「用」の意味は千差万別である。
用-①つかう。役立てる。もちいる。②はたらき(がある)。③する必要のある仕事。必要な金品。④もって(=以)。【解字】長方形の板に「卜」(=棒)を加え、板に棒で穴をあける意を示す会意文字。力や道具の働きの意。
註
○天野孫子:用而示之不用-「用」は用いること。『略解』は「用は上の能と同じく広く云ふ。人を用ゆるも、謀を用ゆるも、器を用ゆるも、地を用ゆるも、皆兼ねてみるべし」と。以上の二句について『諺義』は「此二句皆裏を心得べし。能くせずして能くすることを示し、用ひずして用ふることを示すも、同意なり」と。その通りであるが、しかし本部隊・主力部隊の戦術を説くのが主目的であるから、「能而示之不能、用而示之不用」の戦術が中心となっている。「能而示之不能、用而示之不用」は、一小部隊において取る戦術である。従って両戦術を同一視することはできない。なお以上の二句は後述によって知るように詭道の基本を示したもの。
○大橋孫子:用いて-ある方法をとる 之に-敵に
○武岡孫子:用いて-ある方法をとる これに-相手方に
○守屋孫子:必要なのに不必要と見せかける。
○田所孫子:用而示之不用とは、有力な武器など使用するはずだが、一向そんなものは使用しないように見せかけるとの意。
○重沢孫子:わが部隊を動かしても、敵には動かさないように見せかける。
○著者不明孫子:【用而示之不用】 「而」は乃(すなわち)と同じ。「…ならば」という接続詞。「之」は特に指すものはない。「示之」は要するに「示す、見せかける」こと。強いていえば、敵に見せかけること。「用」は指揮官・兵士や武器など(あるいはそれらの総体としての軍隊)が有用であること(杜牧の説がこれに近い)。軍隊を用いて戦争をする意味にとる説(李筌など)もあるが、上文の「能・不能」とだいたい同じことを別の語で表したものと理解される。
○孫子諺義:用ひてとは其の謀其の事を實は用ひて、彼れには用ひざることを示す也。此の二句皆うらを心得べし。能くせずして能くすることを示し、用ひずして用ふることを示すも同意也。よわきをつよくみせ、小勢を大勢にみせ、なきものをあるごとくみせ、退くはすすむ如くみせて、其の心を虚ならしむる同意也。此の如く取推して用ふる也。是れ能く變に應ずるの兵法なり。
○杜佑:言うこころは己は實にして能く師を用い、外は之に怯を示すなり。孫臏 竈を減らして龐涓を制すが若きなり。
○李筌:言うこころは己は實にして師を用い、外は之に怯を示すなり。漢の将 陳豨 反(そむ)き 兵匈奴を連ね、高祖十輩を遣使わし之を視る。皆言うは撃つ可し。復た劉敬を遣わす。報じて曰く、匈奴撃つ可からず。上其の故を問う。對えて曰く、夫れ兩國相制す。宜しく其の長を矜誇(ほこ)るべし。今臣往く。徒(いたずら)に羸老(るいろう)[老い衰えること。また、その人。]を見る。此れ必ず能くして之れに不能を示す。臣以て撃つ可からざるを為すなり。高祖怒りて曰く、齊虜口舌を以て官を得る。今妄(みだ)りに吾が衆を沮(はば)む。婁敬 廣く武を械[①からくり。しかけ。道具。②かせ。手かせ・足かせ。【解字】形声。「木」+音符「戒」(=いましめる)。木製のかせの意。]す。三十萬の衆を以て白登に至る。高祖匈奴圍む所を為して七日、食乏し。此れ師外に之を示し怯を以てすの義なり。
○杜牧:此れ乃ち詭詐にして形を藏す。夫れ形する者は敵に見ら使む可からず。敵人形を見れば必ず應ずる有り。傳に曰く、鷙鳥将に撃たんとすれば、必ず其の形を藏す。匈奴羸老[老い衰えること。また、その人。]を漢の使いに示す如きの義なり。
○王晳:強にして弱きを示す。勇にして怯を示す。治めて亂を示す。實にして虚を示す。智にして愚を示す。衆にして寡を示す。進みて退くを示す。速きにして遅きを示す。取りて捨を示す。彼に此れを示す。
○何氏:能にして之に不能を示すとは単于[匈奴の君主の称号。] 羸師[羸-やせる。つかれる。よわる。よわい。] 高祖を誘い平城に圍むが如き是れなり。用にして之に不用を示すとは、李牧 兵 雲中[戦国時代の趙の地。今の山西省北部。歴代北方異民族との接触地。秦では雲中郡、唐では雲中都護府(のちの単于都護府)を置く。]に按じて[①おさえる。または、なでる。もむ。②考えをめぐらす。③調べる。]匈奴大敗す是れなり。
○張預:戦わんと欲して之に退くを示す。速きを欲して之に緩を示す。班超[後漢の将軍。字は仲升。班彪の子。班固の弟。西域諸国を鎮撫し西域都護となり、定遠侯に封ぜられた。97年、部下の甘英を大秦に派遣した。( 32~102)] 莎車を撃ち、趙奢 秦軍を破るの類なり。
意訳
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○金谷孫子:勇敢でも敵にはおくびょうに見せかけ、
○浅野孫子:本当は自軍がある効果的な運用ができる状態にあっても、敵に向けては、そうした効果的運用ができない状態にあるかのように見せかけ、
○町田孫子:兵を動かしていても動いていないようにみせかけ、
○天野孫子:味方がある事を用いるのに敵にそれを用いないように示したり、
○大橋孫子:たとえば、ある戦法を用いているのに用いていないように、
○武岡孫子:すでに使っているのに使っていないふりをする。
○著者不明孫子:役に立てば役に立たぬように見せかけ、
○学習研究社孫子:実際によく指揮ができても、指揮が伝わらないように見せかける。
○フランシス・ワン孫子:「用而示之不用」-積極的に出んとするときは、消極的であるかの如くよそおうべきである。
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『用なるも之れに不用を視し、』:本文注釈
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各注釈者によって、「用」の意味は千差万別である。
用-①つかう。役立てる。もちいる。②はたらき(がある)。③する必要のある仕事。必要な金品。④もって(=以)。【解字】長方形の板に「卜」(=棒)を加え、板に棒で穴をあける意を示す会意文字。力や道具の働きの意。
註
○天野孫子:用而示之不用-「用」は用いること。『略解』は「用は上の能と同じく広く云ふ。人を用ゆるも、謀を用ゆるも、器を用ゆるも、地を用ゆるも、皆兼ねてみるべし」と。以上の二句について『諺義』は「此二句皆裏を心得べし。能くせずして能くすることを示し、用ひずして用ふることを示すも、同意なり」と。その通りであるが、しかし本部隊・主力部隊の戦術を説くのが主目的であるから、「能而示之不能、用而示之不用」の戦術が中心となっている。「能而示之不能、用而示之不用」は、一小部隊において取る戦術である。従って両戦術を同一視することはできない。なお以上の二句は後述によって知るように詭道の基本を示したもの。
○大橋孫子:用いて-ある方法をとる 之に-敵に
○武岡孫子:用いて-ある方法をとる これに-相手方に
○守屋孫子:必要なのに不必要と見せかける。
○田所孫子:用而示之不用とは、有力な武器など使用するはずだが、一向そんなものは使用しないように見せかけるとの意。
○重沢孫子:わが部隊を動かしても、敵には動かさないように見せかける。
○著者不明孫子:【用而示之不用】 「而」は乃(すなわち)と同じ。「…ならば」という接続詞。「之」は特に指すものはない。「示之」は要するに「示す、見せかける」こと。強いていえば、敵に見せかけること。「用」は指揮官・兵士や武器など(あるいはそれらの総体としての軍隊)が有用であること(杜牧の説がこれに近い)。軍隊を用いて戦争をする意味にとる説(李筌など)もあるが、上文の「能・不能」とだいたい同じことを別の語で表したものと理解される。
○孫子諺義:用ひてとは其の謀其の事を實は用ひて、彼れには用ひざることを示す也。此の二句皆うらを心得べし。能くせずして能くすることを示し、用ひずして用ふることを示すも同意也。よわきをつよくみせ、小勢を大勢にみせ、なきものをあるごとくみせ、退くはすすむ如くみせて、其の心を虚ならしむる同意也。此の如く取推して用ふる也。是れ能く變に應ずるの兵法なり。
○杜佑:言うこころは己は實にして能く師を用い、外は之に怯を示すなり。孫臏 竈を減らして龐涓を制すが若きなり。
○李筌:言うこころは己は實にして師を用い、外は之に怯を示すなり。漢の将 陳豨 反(そむ)き 兵匈奴を連ね、高祖十輩を遣使わし之を視る。皆言うは撃つ可し。復た劉敬を遣わす。報じて曰く、匈奴撃つ可からず。上其の故を問う。對えて曰く、夫れ兩國相制す。宜しく其の長を矜誇(ほこ)るべし。今臣往く。徒(いたずら)に羸老(るいろう)[老い衰えること。また、その人。]を見る。此れ必ず能くして之れに不能を示す。臣以て撃つ可からざるを為すなり。高祖怒りて曰く、齊虜口舌を以て官を得る。今妄(みだ)りに吾が衆を沮(はば)む。婁敬 廣く武を械[①からくり。しかけ。道具。②かせ。手かせ・足かせ。【解字】形声。「木」+音符「戒」(=いましめる)。木製のかせの意。]す。三十萬の衆を以て白登に至る。高祖匈奴圍む所を為して七日、食乏し。此れ師外に之を示し怯を以てすの義なり。
○杜牧:此れ乃ち詭詐にして形を藏す。夫れ形する者は敵に見ら使む可からず。敵人形を見れば必ず應ずる有り。傳に曰く、鷙鳥将に撃たんとすれば、必ず其の形を藏す。匈奴羸老[老い衰えること。また、その人。]を漢の使いに示す如きの義なり。
○王晳:強にして弱きを示す。勇にして怯を示す。治めて亂を示す。實にして虚を示す。智にして愚を示す。衆にして寡を示す。進みて退くを示す。速きにして遅きを示す。取りて捨を示す。彼に此れを示す。
○何氏:能にして之に不能を示すとは単于[匈奴の君主の称号。] 羸師[羸-やせる。つかれる。よわる。よわい。] 高祖を誘い平城に圍むが如き是れなり。用にして之に不用を示すとは、李牧 兵 雲中[戦国時代の趙の地。今の山西省北部。歴代北方異民族との接触地。秦では雲中郡、唐では雲中都護府(のちの単于都護府)を置く。]に按じて[①おさえる。または、なでる。もむ。②考えをめぐらす。③調べる。]匈奴大敗す是れなり。
○張預:戦わんと欲して之に退くを示す。速きを欲して之に緩を示す。班超[後漢の将軍。字は仲升。班彪の子。班固の弟。西域諸国を鎮撫し西域都護となり、定遠侯に封ぜられた。97年、部下の甘英を大秦に派遣した。( 32~102)] 莎車を撃ち、趙奢 秦軍を破るの類なり。
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○金谷孫子:勇敢でも敵にはおくびょうに見せかけ、
○浅野孫子:本当は自軍がある効果的な運用ができる状態にあっても、敵に向けては、そうした効果的運用ができない状態にあるかのように見せかけ、
○町田孫子:兵を動かしていても動いていないようにみせかけ、
○天野孫子:味方がある事を用いるのに敵にそれを用いないように示したり、
○大橋孫子:たとえば、ある戦法を用いているのに用いていないように、
○武岡孫子:すでに使っているのに使っていないふりをする。
○著者不明孫子:役に立てば役に立たぬように見せかけ、
○学習研究社孫子:実際によく指揮ができても、指揮が伝わらないように見せかける。
○フランシス・ワン孫子:「用而示之不用」-積極的に出んとするときは、消極的であるかの如くよそおうべきである。
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