2012-07-08 (日) | 編集 |
孫子 兵法 大研究!
本文注釈:孫子 兵法 大研究!
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『其の無備を攻め、其の不意に出づ。』:本文注釈
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「其の無備を攻め、其の不意に出づ」の本文と前後の文とのつながりを見ていくと、「能なるも之れに不能を示す~親にして之れを離す。」までの文とは、何らかのつながりはあるであろうが直接的なつながりがあるかどうかははっきりとはしない。しかし続く後文の「此れ兵家の勝~」の冒頭の「此れ」は、明らかに前文の「其の無備を攻め、其の不意に出づ。」を指していることがわかることから、後文の「此れ兵家の勝にして~」とは密接な関係にあることがわかる。
又、この本文は「能なるも之れに不能を示す~親にして之れを離す。」を要約した文とも受け取れる。このことから「能なるも~親にして之れを離す」までの文の一つの解釈の仕方として、「其の無備を攻め、其の不意に出づ」の要素を取り入れて一環とした解釈を行なった注釈者も少なくない。
この「其の無備を攻め、其の不意に出づ」が兵法家の勝ち方である(「勝」を「勢」とする説もあるが後に述べる。)、と孫子は言っており、五事の「天」の説明に「順逆にして兵は勝つ」とあるが、その「順逆」をどのように活用するかを述べたものが、この「其の無備を攻め、其の不意に出づ」であろう。敵・味方に関するあらゆることを順用・逆用することで、相手の隙をつき、態勢を崩すことが、時には将軍であり時には軍師である兵法家としての勝ち方であり、この勝利の方程式を知ることが、勝敗を分けることになるのである。
謀戦も高度になってくると、相手の裏をかいたと思ったのに、又その裏をかかれたということもでてくるようになる。謀を行なう以上は、それに伴うリスクは必ず発生するものだから、失敗してもそれはしょうがないことであるが、失敗した場合の対策をあらかじめ講じておけば万全であることは間違いない。後はできるだけ被害を最小限に抑える必要がある。100回負けても大勢に影響がなければ問題はない。しかし、一回負けただけでもそれが二度と立ち上がることもできないような負け方であれば国は亡ぶのである。逆に100回勝っても、相手に余力が十分残っているようでは、いつ攻めに転じられてもおかしくはない。しかし、たった一回の勝利だけでも敵に致命傷を与えることができれば戦は味方の勝利でそこで終わるのである。また、相手の裏をかくことがうまくできたとしても、同じやり方は二度は通用しないものであるから相手の先を行く思考を常に心がけておかねばならないことは言うまでもない。
謀を仕掛けるのはたやすいが、仕掛けられた謀を防ぐことは難しい。謀というのは通常こちらの知らない間に仕掛けられるものである。この謀を見破るには「智」が最も必要となるであろうが、仕掛けられた対象が人物であった場合、事の真偽を判断できる最も有効なものは「信」である。もっとも、真偽を判断する者のもっている「智」の度合いにもよるが、謀を仕掛けられた人物が信用に足る人物であれば簡単に罠に落ちることはなくなるであろう。人との親密な付き合いを指す「仁」をおこなうには、信用を勝ち取る「信」は絶対条件である。孫武在命時の戦国時代では礼楽も尊ばれていたことから、味方から決して疑われることのない将の重要な要素としての「信」は最も尊ばれていたことが分かる。
又、謀を仕掛けられた場合、その謀が進行しないように防ぐことが味方を守るために最も有効であると考えられるが、相手を破るために最も有効な手段は、この場合「虎穴に入らずんば虎児を得ず」、つまり相手の謀にかかったふりをすることが一番である。相手がうまくいっていると思っている間、相手はこちらの本来の意図している動きに対しては無防備となり、注意をひきつけることができる。ただ、相手の謀にかかったふりをするというのは、危険もかなり伴うものである。相手の打つ手の先々を読めないと、せっかくの好機をのがしてしまいかねず、最悪の場合わなにかかったふりのつもりが本当にわなにかかってしまうという結果にならないとも限らない。知勇兼備の士でよほど慎重かつ大胆な手を打てる者でないと務まらないであろう。当時、それを行なえる者が「兵法家(兵家)」と呼ばれ、戦のプロ集団のことを指していた。「孫子」本文に「兵家」とみえることから、「孫子」編纂時にはすでにこうした戦のプロ集団はすでに存在していたものと推測されるのである。。(最も「此れ兵家の勝にして先には伝う可からざるなり」が衍文であったとしたら、「兵家」は戦国時代より後の時代に生まれたことになるが…)
では仕掛けられた謀はどうやって探知できるものなのであろうか。情報収集だけでは調べなければならない項目数だけでも膨大なものとなり人手も全然足りなくなるであろう。はっきりいって情報収集という方法では不可能、或いは不適である。ではどのような対策をとればよいのであろうか。それは敵国(軍)の立場にたって我国(軍)の弱点をみつけ、そこから最も効果的に突き崩すことを考えてみればよいのである。そうすれば敵がどう動くか、それに対しどう動けばいいかがわかってくる。 またこの場合、相手に我国(軍)の何がみえているのかというのが重要である。敵(敵のスパイ)がどこに現れるかが予想できれば、情報操作により敵を誘導することも可能となるからである。よって戦争においては詭道こそ重要であることがわかる。嘘の情報を流すことにより敵に誤まった情報が伝われば、「其の無備を攻め、其の不意に出づ」ことができるようになるのである。このことからも「詭道」は勝つために重要な手段の一つであることがわかる。もちろん「五事・七計」が根本にある事を忘れてはならないことはいうまでもない。
攻-①兵を出して敵をうつ。相手の欠点を突いてとがめる。せめる。②玉や金属を磨いて加工する。「攻玉」。転じて、知徳を磨く。研究する。おさめる。【解字】形声。音符「工」(=上下の面に穴を突き通す)+「攵」(=動詞の記号)。突っこむ、相手をせめる意。
意-①あれこれ思いはかる。心の動き。こころばせ。かんがえ。気持ち。②物事にこめられている内容。わけ。③感嘆する声。ああ。【解字】会意。「音」(=口に含む)+「心」。心中に含んで外に出さない思いの意。
不意-ふ‐い【不意】 思いもよらないこと。思いがけないこと。意外。転じて、突然。だしぬけ。
出-①内から外へ移る・移す。でる。だす。いだす。②あらわす。あらわれる。生ずる。うまれる。③限度をこえる。でる。【解字】会意。「止」(=あし)+「凵」(=あな)。足が穴から外にでる意。
註
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○天野孫子:○攻其無備 「其」は敵をさす。次の句においても同じ。「無備」について『通鑑』は「無備とは是れ関防[かん‐ぼう【関防】クワンバウ①中国で、関所のこと。②書画の右肩に押す印。関防印。]せざる処、関防し得ざる処なり」と。
○出其不意 「不意」について『通鑑』は「不意とは是れ料度し到らざる処なり」と。料度ははかり考える。なお『諺義』は「無備は形にかかり、事にかかる。不意は其の心にかかるなり。無備は虚なり。不意は怠るなり」と。この句は敵の思いもかけないことをするの意。一説に「出」を「攻」と同意に解して、孟氏・杜牧は「其懈怠を襲ふ」と。以上の句について趙本学は「以上の十二勢を用ひて以て敵を詭り、彼をして我が攻むるに備えず、我が出づるを意はずして、空虚不便の患あらしむ。然る後に神速に兵を出し、其の処を掩襲せば、則ち人心震駭[しん‐がい【震駭】おそれてふるえおどろくこと。]し、散走し易し。倉卒[そう‐そつ【倉卒・草卒】サウ‥(「怱卒」とも書く)①あわただしいさま。あわてるさま。②にわかなさま。突然。]の間、我の多寡を測らず、計定まる能はず、兵集る能はず、陣整ふ能はず。猛将精卒ありと雖も、亦能く禦ぐ無し」と。一説に『国字解』は「此二句は、上の十二句の骨髄にて、上の十二句の様々の方略[ほう‐りゃく【方略】ハウ‥①はかりごと。計略。計画。②(方略試・方略策の略)古代の官吏採用試験の一形式。国政の根本にかかわる問題、「何故に周代に聖多く殷代に賢少なきや」の類の課題に対して、答案を漢文で2編作成するもの。律令制では秀才試の科目、のち文章得業生(もんじょうとくごうしょう)試の科目とされた]は、皆この二句の意に帰するなり」と。
○守屋孫子:敵の手薄につけこみ、敵の意表をつく。
○フランシス・ワン孫子:孫子は次の如く言うのである。即ち、十八項から二十五項まで、詭道の要領について述べてきたが、その「利(害)に因って権を制する」(十六項)方略による形勢作為の目的は、要するに、「其の備え無きを攻め、其の不意に出ずる」所にある、と。曹操は「その懈怠[かい‐たい【懈怠】 ①け‐たい【懈怠】(ケダイ・ゲタイとも)㋐仏教で、悪を断ち善を修めるのに全力を注いでいないこと。精進に対していう。㋑なまけ、おこたること。怠慢。②〔法〕一定の行為をなすべき期日を徒過して責任を果たさないこと。]を撃ち、その空虚に出づるなり」と註しているが、第二次大戦の初期、ドイツ軍が行った西方攻勢は、まさに英・仏連合軍の懈怠を攻撃するものであり、その核心をなしたアルデンヌの森林地帯の突破作戦は、その空虚に出づるものであった、と言えよう。
○田所孫子:○攻其無備とは、相手方の軍備の手薄なところを見出し、そこから戦争をしかけること。
○出其不意とは、相手方が一向に準備していないところへ急に戦争をしかけて行くこと。
○重沢孫子:以上のように謀略というものは、敵側に備えのないところにつけ込んで攻撃を仕掛け、敵の意表に出るのが本領です。
○大橋孫子:敵の備えのない隙を攻め、敵の思いがけないことをする。
○武岡孫子:このように敵がこちらのトリックにかかって不覚を取り、無防備の弱点を暴露したところを不意に攻めるのが詭道である。
○著者不明孫子:【出其不意】「不意」は思いがけないこと、意外なこと。そこに「出る」とは、そのようなことを「する」意。軍隊がある場所に「進出する」意味では必ずしもない。
○孫子諺義:「其の備へ無きを攻め」 備はかねてそのことを設くるなり、是れ預め具ふる之謂也。備へ無しと云ふは、ここへは人來る可からず、このことはかれ知る可からずと存じて、その設なきを云へり。或は險固をたのんで備へず、或は大軍をたのみ、剛強なるにたよりてかねて其のまうけなきは、皆備へざる也。この處を攻撃するときは力を入れずしてかつことをうるなり。人無きの地を行くの心也。
「其の不意に出づ」 意は意度也、心の能く料るを意と云ふ。不意と云ふは、備はありといへども、怠りて意のつかざるを云へり。備へ無しとはかはれる也。たとへば備ありといへども、この處よりはかれ來るまじき、今日はかれよせまじき、此の風雨にはかれうつこと叶ふ可からずなど存ずる處へ、おしかけてうつ、これ其の不意に出る也。不備には攻と云ひ、不意には出ると云ふは、出は兵を其の處へ出しはたらくを云ふ也。不備は形にかかり、事にかかる。不意は其の心にかかる也。無備は虚也。不意は怠也。武經通鑑に云はく、備無きは是れ關防せざる處、關防し得ざる處、不意は是れ料度せざる處、料度し到らざる處と。今案ずるに、此の二句は、大都(すべて)兵家勝を取るの道なり、舊説二句を以て一義と為すは、甚だ非なり。又云はく、不意は意に知料すと雖も、兵勢盛にして、之を拒禦する能はざるの謂なり、兵家の不意と曰ふは、多く此の意思有り。
○孫子国字解:「其備へ無きを攻め、其の不意に出で」 此二句は、上の十二句の骨髄にて、上の十二句の様々の方略は、皆この二句の意に歸するなり。本文の二つの其と云字は、皆敵を指して云なり。無備とは、用心なく油斷したる處を云なり。不意はをもはずと讀て、敵の思ひかけぬ處を云なり。敵の油斷したる處をせむれば、敵これを禦ぐことあたはず、敵の思ひかけぬ處より出れば、敵仰天して度を失ふゆへ、戦はぬ前に勇氣折くるなり。總じて兩人相戦んに、或は臥したる處を打ち、或は後より切らば、何程の勇士なりとも、輙く弱兵に打るべし。是愚かなる者も知ることにて、別に奥ふかき道理に非ず。百千萬の兵を聚めて、敵味方と分れ、備を張り、陣を設け、國を爭ひ城を抜くこと、兩人相戦ふと、大小多寡の異あれども、其道理一般なり。故に太公望の詞にも、動くこと不意より神なるは莫く、謀ることは不識より善きは莫しと云へり。
○孫子評註:「其の備なきを攻め、其の不意に出づ(以上が前述の十四目の内容で、我が国の武学者は、これを詭道十四条と唱えている。)。」 對仗(対句の意。)にして結びと為す。人をして覺らざらしむ。上文(上文に「之の字は皆敵を斥す[斥-①おしのける。しりぞける。②こっそり様子をさぐる。うかがう。ものみ。【解字】会意。「斤」(=おの)+「丶」。おので物をたたき割る意。]」とあるので、この節の「其」は敵をさす。)の之の字、ここには代ふるに其の字を以てす。
○曹公:其の懈怠を撃つ。其の空虚に出づ。
○孟氏:其の空虚を撃つ。其の懈怠を襲う。敵をして敵所以を知らざら使むなり。故に曰く、兵とは無形妙を為す。太公曰く、動くこと不意より神なるは莫く、謀ること不識より善なるは莫し。
○杜佑:其の懈怠・不備の處を撃つ。其の空虚の塗(みち)を攻む。太公曰く、動くこと不意より神なるは莫く、謀ること不識より善なるは莫し。
○李筌:懈怠を撃つ。空虚を襲う。
○杜牧:其の空虚を撃つ。其の懈怠を襲う。
○何氏:其の備え無きを攻めとは、魏太祖烏桓[う‐がん【烏桓・烏丸】‥グワン 漢代、遼河の上流老哈(ラオハ)河畔に拠った東胡の後裔。前漢時代には匈奴に服属、後漢になるとしばしば中国に侵寇したが、207年に魏の曹操に敗れ、余類の多くは鮮卑の諸部に逃れた。]に征く。郭嘉曰く、胡其の遠きを恃みて、必ず備え設けず。其の備え無きに因って、卒然として之れを撃つ。破り滅す可きなり。太祖行きて易水に至る。嘉曰く、兵は神速を貴ぶ。今千里に人を襲う。輜重[し‐ちょう【輜重】(「輜」は衣類をのせる車、「重」は荷をのせる車)①旅行者の荷物。②軍隊に付属する糧食・被服・武器・弾薬など軍需品の総称。また、その輸送に任ずる兵科。]多く以て利に趨ること難し。如かず輕兵道を兼ねんには、以て出で其の不意を掩う。乃ち密にして盧龍塞を出づ。直に単于庭を指す。合戦し大いに之を破る。唐李靖十策を陳(つら)ねて、以て蕭銑を圖る。管三軍を總しての任、一を以て靖に委ねる。八月兵夔州に集まり、銑 時秋潦[潦-路上・庭などにたまった雨水。にわたずみ。]に屬し、江水泛漲[泛-うかぶ。水面にうかびただよう。うかべる。 漲-みなぎる。水が満ちあふれる。物事が盛んに広がる。]す。三峡路危うきを以て、心して靖進む能わずして謂えらく、遂に備え設けず。九月靖兵率いて進む。曰く、兵神速を貴ぶと。機失う可からず。今兵始めて集まる。銑 尚未だ知らず。水漲の勢に乗じ、倐忽ち城下に至る。所謂疾雷耳を掩う及ばず。縦使(たとえ)我れを知れども、倉卒[(「怱卒」とも書く)①あわただしいさま。あわてるさま。②にわかなさま。突然。]以て敵に應ずるところ無し。此れ必ず擒を成すなり。兵進みて夷陵に至る。銑 始めて懼る。江南兵を召し、果たして至る能わず。兵勒して城を圍む。銑遂に降る。其の不意に出づとは、魏末将鍾會・鄧艾 蜀を伐つに遣わす。蜀将姜維劍閣を守る。會 維を攻めるに未だ克たず。艾上言して請う陰平に従い徑に由るや劍閣に出でん。西は成都に入る。奇兵其の腹心を衝く。劍閣の軍必ず還りて涪に赴けば則ち會 軌に方じて進む。劍閣の軍還らずば、則ち涪に應じるの兵寡きなり。軍志之れ有り。曰く、其の備え無きを攻め、其不意に出づ。今其の空虚を掩い、之れを破るは必ずなり。冬十月、艾陰平自り無人の境を行く。七百餘里、山を鑿[穴をあける。掘る。うがつ。]ち道を通り橋閣を造作す。山高く谷深し。至りて艱險を為す。又糧運将に匱[とぼしい。中身が不足している。]しくならんとす。危殆に瀕し、艾氈[氈-獣毛で織った敷き物。フェルト。]を以て自ら裹[裹-つつむ。くるむ。すっぽりおおう。](つつ)み自ら轉じ乃ち下る。将士皆木に攀[攀-①よじのぼる。よじる。②すがる。とりつく。たよる。](よじ)り崖に縁(よ)る。魚貫きて進む。先んじて登り江油に至る。蜀守将馬邈降る。諸葛瞻(しょかつせん)涪自り綿竹に還り、陳を列して相拒む。大いに之れを敗る。瞻及び尚書張遵等を斬る。軍を進め成都に至る。蜀主劉禪降る。又齊神武東魏将を為す。兵率いて西魏を伐つ。軍 蒲坂に屯[たむろする。多くのものが寄り集まって一か所にとどまる。]す。三道浮橋を造り河を渡る。又其の将竇泰 潼關に趣き、高敖曹 洛州を圍み遣わす。西魏将周文帝廣陽に軍を出す。諸将を召し謂いて曰く、賊今吾が三面を掎[ひく。ひっぱる。足をひっぱる。]く。又河に橋を造り、必ず渡らんと欲すを示す。吾が軍を綴り[綴-つづる。つなぎ合わせる。糸でとじる。(文字を)つらねる。「テツ」の音は、本来、とめる・とどめる意だが、混用される。]、竇泰をして西に入るを得ら使めんと欲すのみ。久しく與に相持つ。其の計行なうを得る。良策に非ずとも、且つ高く歡(よろこ)び兵を用う。常に泰を以て先んじて驅を為す。其の下鋭卒多し。屢(しばしば)勝ちて驕る。今其の不意に出で之れを襲えば必ず克つ。泰に克てば則ち歡び戦わずして自ら走るなり。諸将咸(みな)曰く、賊近きに在り。捨てて遠きに襲う事若し蹉跌[蹉跌-①つまずくこと。②失敗すること。]なるも、悔やむに及ぶこと無きなり。周文曰く、歡ぶ前に再び潼關を襲い、吾が軍霸上に過ぎず。今者大いに來る。兵未だ郊を出でず。賊固より吾但だ自ら守るを謂うのみ。遠くに鬥[二人の人が手に武器を持って向かい合って争う姿を描いた象形文字。たたかう意を表す。](たたか)うに志無し。又志を得んと狃[①なれる。なれしたしむ。くり返す。②こだわる。とらわれる。](じゅう)す。我れを軽くする心有り。此れに乗じて之れを撃つ。何ぞ往きて克たず。賊橋を造ると雖も、未だ征きて渡る能わず。五日中の比(ころおい)吾れ竇泰を取るは必ずなり。公等疑う勿れ。周文遂に騎六千を率いて長安に還り、聲に言いて隴右に往かんと欲す。辛亥濳みて軍を出づ。癸丑(みずのとうし)晨[晨-①あさ。早朝。②星の名。房星。二十八宿の一つ。]潼關に至る。竇泰卒(にわか)に軍至るを聞き惶懼[おじ‐かしこま・る【惶ぢ懼まる】おそれつつしむ。 こう‐く【惶懼】おそれいること。恐懼。]す。山に依り陳を為す。未だ陳して列する及ばず。周文撃ち之れを破る。泰を斬り首長安に傳う。高敖曹 適(ゆ)きて洛州に陷いる。泰沒するを聞き、輜重を焼き、城を棄てて走る。
○張預:備え無きを攻めるとは、懈怠の處、敵の虞(おそ)れざる所の者、則ち之を撃つを謂う。燕人鄭三軍を畏れて制人を虞れず、制人敗るる所を為すが若きは是れなり。不意に出づとは、虚空の地、敵以て慮を為さざる者、則ち之れを襲うを謂う。鄧艾蜀を伐つに、無人の地を行くに、七百餘里の若きは是れなり。
意訳
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○金谷孫子:[こうして]敵の無備を攻め、敵の不意をつくのである。
○浅野孫子:敵が自軍の攻撃に備えていない地点を攻撃し、敵が自軍の進出を予想していない地域に出撃するのである。
○町田孫子:手薄な備えを攻め、敵の不意を襲う。
○天野孫子:こうして後に、敵の備えのないところを急に攻め、また敵の予想もしないことをするのである。
○フランシス・ワン孫子:敵の備えの無い所を衝き、敵の予期せざる時に攻撃せよ。
○大橋孫子:敵の備えのない隙を攻め、敵の思いがけないことをする。
○武岡孫子:このように敵がこちらのトリックにかかって不覚を取り、無防備の弱点を暴露したところを不意に攻めるのが詭道である。
○著者不明孫子:相手の備えのないところを攻め、意表に出るようにする。
○学習研究社孫子:敵の備えていない所を攻め、敵の思い及ばない行動にでる。
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『其の無備を攻め、其の不意に出づ。』:本文注釈
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「其の無備を攻め、其の不意に出づ」の本文と前後の文とのつながりを見ていくと、「能なるも之れに不能を示す~親にして之れを離す。」までの文とは、何らかのつながりはあるであろうが直接的なつながりがあるかどうかははっきりとはしない。しかし続く後文の「此れ兵家の勝~」の冒頭の「此れ」は、明らかに前文の「其の無備を攻め、其の不意に出づ。」を指していることがわかることから、後文の「此れ兵家の勝にして~」とは密接な関係にあることがわかる。
又、この本文は「能なるも之れに不能を示す~親にして之れを離す。」を要約した文とも受け取れる。このことから「能なるも~親にして之れを離す」までの文の一つの解釈の仕方として、「其の無備を攻め、其の不意に出づ」の要素を取り入れて一環とした解釈を行なった注釈者も少なくない。
この「其の無備を攻め、其の不意に出づ」が兵法家の勝ち方である(「勝」を「勢」とする説もあるが後に述べる。)、と孫子は言っており、五事の「天」の説明に「順逆にして兵は勝つ」とあるが、その「順逆」をどのように活用するかを述べたものが、この「其の無備を攻め、其の不意に出づ」であろう。敵・味方に関するあらゆることを順用・逆用することで、相手の隙をつき、態勢を崩すことが、時には将軍であり時には軍師である兵法家としての勝ち方であり、この勝利の方程式を知ることが、勝敗を分けることになるのである。
謀戦も高度になってくると、相手の裏をかいたと思ったのに、又その裏をかかれたということもでてくるようになる。謀を行なう以上は、それに伴うリスクは必ず発生するものだから、失敗してもそれはしょうがないことであるが、失敗した場合の対策をあらかじめ講じておけば万全であることは間違いない。後はできるだけ被害を最小限に抑える必要がある。100回負けても大勢に影響がなければ問題はない。しかし、一回負けただけでもそれが二度と立ち上がることもできないような負け方であれば国は亡ぶのである。逆に100回勝っても、相手に余力が十分残っているようでは、いつ攻めに転じられてもおかしくはない。しかし、たった一回の勝利だけでも敵に致命傷を与えることができれば戦は味方の勝利でそこで終わるのである。また、相手の裏をかくことがうまくできたとしても、同じやり方は二度は通用しないものであるから相手の先を行く思考を常に心がけておかねばならないことは言うまでもない。
謀を仕掛けるのはたやすいが、仕掛けられた謀を防ぐことは難しい。謀というのは通常こちらの知らない間に仕掛けられるものである。この謀を見破るには「智」が最も必要となるであろうが、仕掛けられた対象が人物であった場合、事の真偽を判断できる最も有効なものは「信」である。もっとも、真偽を判断する者のもっている「智」の度合いにもよるが、謀を仕掛けられた人物が信用に足る人物であれば簡単に罠に落ちることはなくなるであろう。人との親密な付き合いを指す「仁」をおこなうには、信用を勝ち取る「信」は絶対条件である。孫武在命時の戦国時代では礼楽も尊ばれていたことから、味方から決して疑われることのない将の重要な要素としての「信」は最も尊ばれていたことが分かる。
又、謀を仕掛けられた場合、その謀が進行しないように防ぐことが味方を守るために最も有効であると考えられるが、相手を破るために最も有効な手段は、この場合「虎穴に入らずんば虎児を得ず」、つまり相手の謀にかかったふりをすることが一番である。相手がうまくいっていると思っている間、相手はこちらの本来の意図している動きに対しては無防備となり、注意をひきつけることができる。ただ、相手の謀にかかったふりをするというのは、危険もかなり伴うものである。相手の打つ手の先々を読めないと、せっかくの好機をのがしてしまいかねず、最悪の場合わなにかかったふりのつもりが本当にわなにかかってしまうという結果にならないとも限らない。知勇兼備の士でよほど慎重かつ大胆な手を打てる者でないと務まらないであろう。当時、それを行なえる者が「兵法家(兵家)」と呼ばれ、戦のプロ集団のことを指していた。「孫子」本文に「兵家」とみえることから、「孫子」編纂時にはすでにこうした戦のプロ集団はすでに存在していたものと推測されるのである。。(最も「此れ兵家の勝にして先には伝う可からざるなり」が衍文であったとしたら、「兵家」は戦国時代より後の時代に生まれたことになるが…)
では仕掛けられた謀はどうやって探知できるものなのであろうか。情報収集だけでは調べなければならない項目数だけでも膨大なものとなり人手も全然足りなくなるであろう。はっきりいって情報収集という方法では不可能、或いは不適である。ではどのような対策をとればよいのであろうか。それは敵国(軍)の立場にたって我国(軍)の弱点をみつけ、そこから最も効果的に突き崩すことを考えてみればよいのである。そうすれば敵がどう動くか、それに対しどう動けばいいかがわかってくる。 またこの場合、相手に我国(軍)の何がみえているのかというのが重要である。敵(敵のスパイ)がどこに現れるかが予想できれば、情報操作により敵を誘導することも可能となるからである。よって戦争においては詭道こそ重要であることがわかる。嘘の情報を流すことにより敵に誤まった情報が伝われば、「其の無備を攻め、其の不意に出づ」ことができるようになるのである。このことからも「詭道」は勝つために重要な手段の一つであることがわかる。もちろん「五事・七計」が根本にある事を忘れてはならないことはいうまでもない。
攻-①兵を出して敵をうつ。相手の欠点を突いてとがめる。せめる。②玉や金属を磨いて加工する。「攻玉」。転じて、知徳を磨く。研究する。おさめる。【解字】形声。音符「工」(=上下の面に穴を突き通す)+「攵」(=動詞の記号)。突っこむ、相手をせめる意。
意-①あれこれ思いはかる。心の動き。こころばせ。かんがえ。気持ち。②物事にこめられている内容。わけ。③感嘆する声。ああ。【解字】会意。「音」(=口に含む)+「心」。心中に含んで外に出さない思いの意。
不意-ふ‐い【不意】 思いもよらないこと。思いがけないこと。意外。転じて、突然。だしぬけ。
出-①内から外へ移る・移す。でる。だす。いだす。②あらわす。あらわれる。生ずる。うまれる。③限度をこえる。でる。【解字】会意。「止」(=あし)+「凵」(=あな)。足が穴から外にでる意。
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○天野孫子:○攻其無備 「其」は敵をさす。次の句においても同じ。「無備」について『通鑑』は「無備とは是れ関防[かん‐ぼう【関防】クワンバウ①中国で、関所のこと。②書画の右肩に押す印。関防印。]せざる処、関防し得ざる処なり」と。
○出其不意 「不意」について『通鑑』は「不意とは是れ料度し到らざる処なり」と。料度ははかり考える。なお『諺義』は「無備は形にかかり、事にかかる。不意は其の心にかかるなり。無備は虚なり。不意は怠るなり」と。この句は敵の思いもかけないことをするの意。一説に「出」を「攻」と同意に解して、孟氏・杜牧は「其懈怠を襲ふ」と。以上の句について趙本学は「以上の十二勢を用ひて以て敵を詭り、彼をして我が攻むるに備えず、我が出づるを意はずして、空虚不便の患あらしむ。然る後に神速に兵を出し、其の処を掩襲せば、則ち人心震駭[しん‐がい【震駭】おそれてふるえおどろくこと。]し、散走し易し。倉卒[そう‐そつ【倉卒・草卒】サウ‥(「怱卒」とも書く)①あわただしいさま。あわてるさま。②にわかなさま。突然。]の間、我の多寡を測らず、計定まる能はず、兵集る能はず、陣整ふ能はず。猛将精卒ありと雖も、亦能く禦ぐ無し」と。一説に『国字解』は「此二句は、上の十二句の骨髄にて、上の十二句の様々の方略[ほう‐りゃく【方略】ハウ‥①はかりごと。計略。計画。②(方略試・方略策の略)古代の官吏採用試験の一形式。国政の根本にかかわる問題、「何故に周代に聖多く殷代に賢少なきや」の類の課題に対して、答案を漢文で2編作成するもの。律令制では秀才試の科目、のち文章得業生(もんじょうとくごうしょう)試の科目とされた]は、皆この二句の意に帰するなり」と。
○守屋孫子:敵の手薄につけこみ、敵の意表をつく。
○フランシス・ワン孫子:孫子は次の如く言うのである。即ち、十八項から二十五項まで、詭道の要領について述べてきたが、その「利(害)に因って権を制する」(十六項)方略による形勢作為の目的は、要するに、「其の備え無きを攻め、其の不意に出ずる」所にある、と。曹操は「その懈怠[かい‐たい【懈怠】 ①け‐たい【懈怠】(ケダイ・ゲタイとも)㋐仏教で、悪を断ち善を修めるのに全力を注いでいないこと。精進に対していう。㋑なまけ、おこたること。怠慢。②〔法〕一定の行為をなすべき期日を徒過して責任を果たさないこと。]を撃ち、その空虚に出づるなり」と註しているが、第二次大戦の初期、ドイツ軍が行った西方攻勢は、まさに英・仏連合軍の懈怠を攻撃するものであり、その核心をなしたアルデンヌの森林地帯の突破作戦は、その空虚に出づるものであった、と言えよう。
○田所孫子:○攻其無備とは、相手方の軍備の手薄なところを見出し、そこから戦争をしかけること。
○出其不意とは、相手方が一向に準備していないところへ急に戦争をしかけて行くこと。
○重沢孫子:以上のように謀略というものは、敵側に備えのないところにつけ込んで攻撃を仕掛け、敵の意表に出るのが本領です。
○大橋孫子:敵の備えのない隙を攻め、敵の思いがけないことをする。
○武岡孫子:このように敵がこちらのトリックにかかって不覚を取り、無防備の弱点を暴露したところを不意に攻めるのが詭道である。
○著者不明孫子:【出其不意】「不意」は思いがけないこと、意外なこと。そこに「出る」とは、そのようなことを「する」意。軍隊がある場所に「進出する」意味では必ずしもない。
○孫子諺義:「其の備へ無きを攻め」 備はかねてそのことを設くるなり、是れ預め具ふる之謂也。備へ無しと云ふは、ここへは人來る可からず、このことはかれ知る可からずと存じて、その設なきを云へり。或は險固をたのんで備へず、或は大軍をたのみ、剛強なるにたよりてかねて其のまうけなきは、皆備へざる也。この處を攻撃するときは力を入れずしてかつことをうるなり。人無きの地を行くの心也。
「其の不意に出づ」 意は意度也、心の能く料るを意と云ふ。不意と云ふは、備はありといへども、怠りて意のつかざるを云へり。備へ無しとはかはれる也。たとへば備ありといへども、この處よりはかれ來るまじき、今日はかれよせまじき、此の風雨にはかれうつこと叶ふ可からずなど存ずる處へ、おしかけてうつ、これ其の不意に出る也。不備には攻と云ひ、不意には出ると云ふは、出は兵を其の處へ出しはたらくを云ふ也。不備は形にかかり、事にかかる。不意は其の心にかかる也。無備は虚也。不意は怠也。武經通鑑に云はく、備無きは是れ關防せざる處、關防し得ざる處、不意は是れ料度せざる處、料度し到らざる處と。今案ずるに、此の二句は、大都(すべて)兵家勝を取るの道なり、舊説二句を以て一義と為すは、甚だ非なり。又云はく、不意は意に知料すと雖も、兵勢盛にして、之を拒禦する能はざるの謂なり、兵家の不意と曰ふは、多く此の意思有り。
○孫子国字解:「其備へ無きを攻め、其の不意に出で」 此二句は、上の十二句の骨髄にて、上の十二句の様々の方略は、皆この二句の意に歸するなり。本文の二つの其と云字は、皆敵を指して云なり。無備とは、用心なく油斷したる處を云なり。不意はをもはずと讀て、敵の思ひかけぬ處を云なり。敵の油斷したる處をせむれば、敵これを禦ぐことあたはず、敵の思ひかけぬ處より出れば、敵仰天して度を失ふゆへ、戦はぬ前に勇氣折くるなり。總じて兩人相戦んに、或は臥したる處を打ち、或は後より切らば、何程の勇士なりとも、輙く弱兵に打るべし。是愚かなる者も知ることにて、別に奥ふかき道理に非ず。百千萬の兵を聚めて、敵味方と分れ、備を張り、陣を設け、國を爭ひ城を抜くこと、兩人相戦ふと、大小多寡の異あれども、其道理一般なり。故に太公望の詞にも、動くこと不意より神なるは莫く、謀ることは不識より善きは莫しと云へり。
○孫子評註:「其の備なきを攻め、其の不意に出づ(以上が前述の十四目の内容で、我が国の武学者は、これを詭道十四条と唱えている。)。」 對仗(対句の意。)にして結びと為す。人をして覺らざらしむ。上文(上文に「之の字は皆敵を斥す[斥-①おしのける。しりぞける。②こっそり様子をさぐる。うかがう。ものみ。【解字】会意。「斤」(=おの)+「丶」。おので物をたたき割る意。]」とあるので、この節の「其」は敵をさす。)の之の字、ここには代ふるに其の字を以てす。
○曹公:其の懈怠を撃つ。其の空虚に出づ。
○孟氏:其の空虚を撃つ。其の懈怠を襲う。敵をして敵所以を知らざら使むなり。故に曰く、兵とは無形妙を為す。太公曰く、動くこと不意より神なるは莫く、謀ること不識より善なるは莫し。
○杜佑:其の懈怠・不備の處を撃つ。其の空虚の塗(みち)を攻む。太公曰く、動くこと不意より神なるは莫く、謀ること不識より善なるは莫し。
○李筌:懈怠を撃つ。空虚を襲う。
○杜牧:其の空虚を撃つ。其の懈怠を襲う。
○何氏:其の備え無きを攻めとは、魏太祖烏桓[う‐がん【烏桓・烏丸】‥グワン 漢代、遼河の上流老哈(ラオハ)河畔に拠った東胡の後裔。前漢時代には匈奴に服属、後漢になるとしばしば中国に侵寇したが、207年に魏の曹操に敗れ、余類の多くは鮮卑の諸部に逃れた。]に征く。郭嘉曰く、胡其の遠きを恃みて、必ず備え設けず。其の備え無きに因って、卒然として之れを撃つ。破り滅す可きなり。太祖行きて易水に至る。嘉曰く、兵は神速を貴ぶ。今千里に人を襲う。輜重[し‐ちょう【輜重】(「輜」は衣類をのせる車、「重」は荷をのせる車)①旅行者の荷物。②軍隊に付属する糧食・被服・武器・弾薬など軍需品の総称。また、その輸送に任ずる兵科。]多く以て利に趨ること難し。如かず輕兵道を兼ねんには、以て出で其の不意を掩う。乃ち密にして盧龍塞を出づ。直に単于庭を指す。合戦し大いに之を破る。唐李靖十策を陳(つら)ねて、以て蕭銑を圖る。管三軍を總しての任、一を以て靖に委ねる。八月兵夔州に集まり、銑 時秋潦[潦-路上・庭などにたまった雨水。にわたずみ。]に屬し、江水泛漲[泛-うかぶ。水面にうかびただよう。うかべる。 漲-みなぎる。水が満ちあふれる。物事が盛んに広がる。]す。三峡路危うきを以て、心して靖進む能わずして謂えらく、遂に備え設けず。九月靖兵率いて進む。曰く、兵神速を貴ぶと。機失う可からず。今兵始めて集まる。銑 尚未だ知らず。水漲の勢に乗じ、倐忽ち城下に至る。所謂疾雷耳を掩う及ばず。縦使(たとえ)我れを知れども、倉卒[(「怱卒」とも書く)①あわただしいさま。あわてるさま。②にわかなさま。突然。]以て敵に應ずるところ無し。此れ必ず擒を成すなり。兵進みて夷陵に至る。銑 始めて懼る。江南兵を召し、果たして至る能わず。兵勒して城を圍む。銑遂に降る。其の不意に出づとは、魏末将鍾會・鄧艾 蜀を伐つに遣わす。蜀将姜維劍閣を守る。會 維を攻めるに未だ克たず。艾上言して請う陰平に従い徑に由るや劍閣に出でん。西は成都に入る。奇兵其の腹心を衝く。劍閣の軍必ず還りて涪に赴けば則ち會 軌に方じて進む。劍閣の軍還らずば、則ち涪に應じるの兵寡きなり。軍志之れ有り。曰く、其の備え無きを攻め、其不意に出づ。今其の空虚を掩い、之れを破るは必ずなり。冬十月、艾陰平自り無人の境を行く。七百餘里、山を鑿[穴をあける。掘る。うがつ。]ち道を通り橋閣を造作す。山高く谷深し。至りて艱險を為す。又糧運将に匱[とぼしい。中身が不足している。]しくならんとす。危殆に瀕し、艾氈[氈-獣毛で織った敷き物。フェルト。]を以て自ら裹[裹-つつむ。くるむ。すっぽりおおう。](つつ)み自ら轉じ乃ち下る。将士皆木に攀[攀-①よじのぼる。よじる。②すがる。とりつく。たよる。](よじ)り崖に縁(よ)る。魚貫きて進む。先んじて登り江油に至る。蜀守将馬邈降る。諸葛瞻(しょかつせん)涪自り綿竹に還り、陳を列して相拒む。大いに之れを敗る。瞻及び尚書張遵等を斬る。軍を進め成都に至る。蜀主劉禪降る。又齊神武東魏将を為す。兵率いて西魏を伐つ。軍 蒲坂に屯[たむろする。多くのものが寄り集まって一か所にとどまる。]す。三道浮橋を造り河を渡る。又其の将竇泰 潼關に趣き、高敖曹 洛州を圍み遣わす。西魏将周文帝廣陽に軍を出す。諸将を召し謂いて曰く、賊今吾が三面を掎[ひく。ひっぱる。足をひっぱる。]く。又河に橋を造り、必ず渡らんと欲すを示す。吾が軍を綴り[綴-つづる。つなぎ合わせる。糸でとじる。(文字を)つらねる。「テツ」の音は、本来、とめる・とどめる意だが、混用される。]、竇泰をして西に入るを得ら使めんと欲すのみ。久しく與に相持つ。其の計行なうを得る。良策に非ずとも、且つ高く歡(よろこ)び兵を用う。常に泰を以て先んじて驅を為す。其の下鋭卒多し。屢(しばしば)勝ちて驕る。今其の不意に出で之れを襲えば必ず克つ。泰に克てば則ち歡び戦わずして自ら走るなり。諸将咸(みな)曰く、賊近きに在り。捨てて遠きに襲う事若し蹉跌[蹉跌-①つまずくこと。②失敗すること。]なるも、悔やむに及ぶこと無きなり。周文曰く、歡ぶ前に再び潼關を襲い、吾が軍霸上に過ぎず。今者大いに來る。兵未だ郊を出でず。賊固より吾但だ自ら守るを謂うのみ。遠くに鬥[二人の人が手に武器を持って向かい合って争う姿を描いた象形文字。たたかう意を表す。](たたか)うに志無し。又志を得んと狃[①なれる。なれしたしむ。くり返す。②こだわる。とらわれる。](じゅう)す。我れを軽くする心有り。此れに乗じて之れを撃つ。何ぞ往きて克たず。賊橋を造ると雖も、未だ征きて渡る能わず。五日中の比(ころおい)吾れ竇泰を取るは必ずなり。公等疑う勿れ。周文遂に騎六千を率いて長安に還り、聲に言いて隴右に往かんと欲す。辛亥濳みて軍を出づ。癸丑(みずのとうし)晨[晨-①あさ。早朝。②星の名。房星。二十八宿の一つ。]潼關に至る。竇泰卒(にわか)に軍至るを聞き惶懼[おじ‐かしこま・る【惶ぢ懼まる】おそれつつしむ。 こう‐く【惶懼】おそれいること。恐懼。]す。山に依り陳を為す。未だ陳して列する及ばず。周文撃ち之れを破る。泰を斬り首長安に傳う。高敖曹 適(ゆ)きて洛州に陷いる。泰沒するを聞き、輜重を焼き、城を棄てて走る。
○張預:備え無きを攻めるとは、懈怠の處、敵の虞(おそ)れざる所の者、則ち之を撃つを謂う。燕人鄭三軍を畏れて制人を虞れず、制人敗るる所を為すが若きは是れなり。不意に出づとは、虚空の地、敵以て慮を為さざる者、則ち之れを襲うを謂う。鄧艾蜀を伐つに、無人の地を行くに、七百餘里の若きは是れなり。
意訳
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○金谷孫子:[こうして]敵の無備を攻め、敵の不意をつくのである。
○浅野孫子:敵が自軍の攻撃に備えていない地点を攻撃し、敵が自軍の進出を予想していない地域に出撃するのである。
○町田孫子:手薄な備えを攻め、敵の不意を襲う。
○天野孫子:こうして後に、敵の備えのないところを急に攻め、また敵の予想もしないことをするのである。
○フランシス・ワン孫子:敵の備えの無い所を衝き、敵の予期せざる時に攻撃せよ。
○大橋孫子:敵の備えのない隙を攻め、敵の思いがけないことをする。
○武岡孫子:このように敵がこちらのトリックにかかって不覚を取り、無防備の弱点を暴露したところを不意に攻めるのが詭道である。
○著者不明孫子:相手の備えのないところを攻め、意表に出るようにする。
○学習研究社孫子:敵の備えていない所を攻め、敵の思い及ばない行動にでる。
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